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長崎地方裁判所大村支部 平成4年(ヨ)26号 決定

債権者

山口悳治

右代理人弁護士

龍田紘一朗

小林清隆

井上博史

債務者

ソニー長崎株式会社

右代表者代表取締役

宇野義道

右代理人弁護士

木村憲正

主文

一  債権者の本件仮処分命令の申立てはいずれも却下する。

二  申立費用は債権者の負担とする。

理由

第一事案の概要

一  (申立ての趣旨)

1  債権者が債務者に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

2  債務者は債権者に対し、一か月宛金二四万〇八四〇円を平成四年八月から本案判決確定に至るまで毎月末日限り、それぞれ仮に支払え。

3  申立費用は債務者の負担とする。

二  (保全すべき権利関係)

1  債務者は、長崎県諫早市内において、半導体及びその関連機器の製造・販売等を営む株式会社である(以下、「債務者」あるいは「債務者会社」という。)。

債権者は、昭和六三年七月二二日に、同月二七日から翌平成元年一月二六日までの期間を定めて、右会社に雇用された従業員であり(以下、債権者と債務者が締結した労働契約を「本件雇用契約」という。)、専ら夜勤の半導体製造に従事した。

その後、債務者は、雇用期間終了前ごとに、平成元年一月二七日から半年、その後は各年七月二七日から一年間ずつ再採用の名目で、債権者の雇用を連続的に継続してきた。

債権者が通常勤務した本年度の四、五、六月の平均給与額は二四万〇八四〇円である。

債務者は、平成四年六月二四日午後七時五〇分ころ、債権者に対し、債権者が他社の従業員募集広告を職場内に持込み、他の従業員に見せたこと、他の従業員との間に不協和音があることなどを理由にして、(再雇用)契約をしないと通告し、その時点からの就業を禁止した。

さらに債務者は、雇用期間満了の通知を同年六月二四日付けに遡って作成し、同月二六日到着郵便で送付してきた。

2  本件雇用契約における期間の定めは形式的なものであるか、あるいは解雇制限法理を回避するためのものである。採用時も、再採用時も、雇用契約は期間満了により当然に終了する旨の会社側の説明はなく、後日、雇用期間が記入された通知書を交付されたに過ぎず、債権者は定年まで雇用を継続されるものと信頼していた。「右期間の満了により右雇用契約が当然に終了する旨の明確な合意」(最判平成二年六月五日)は存在しない。当初から期間の定めのない雇用契約もしくは、再契約以降は期間の定めのない契約に転化したと解すべきもので、解雇制限の法理が適用されなければならない。解雇は無効である。

3  債権者の業務は就業形態が夜勤専門であるというほかは、正社員と全く同一であり、なんら臨時的、季節的、短期的な性格を有するものではなく、債務者会社における有期社員の状況、位置付け、存在意義からみて、有期社員とそうでない社員を区別する合理性は全くなく、したがって半年ないし一年と雇用期間を限定する客観的、合理的理由はない。債権者はあらゆる点からいって、労働契約の存続について保護されるべき立場にある。その理論的根拠は、学説上、判例上も種々、十二分に存在する。

4  債務者の解雇理由は二転三転し、不況を理由とするについても、債務者会社の有期社員に余剰人員など発生していない。また、債権者の勤務成績、勤務態度不良は全く事実に反する。雇止めの真の動機・理由は、債権者が眼精疲労にかかり、労働力として疲弊したこと、会社方針に盲従せず、意見を言うべきことは言う、会社にとって扱いにくい人物だからである。以上のとおり、本件の雇止めには、正当性が欠如している。

三  (保全の必要)

債権者の家族は、骨粗鬆症の老母(七九歳)、重度心身障害の長女と、両人の世話に大半の時間をとられる妻(四一歳)、それに中学一年の次女、小学二年の三女で、債権者の債務者からの給与収入がなければ生計が維持されえない。

債権者は失業保険金支給期間満了に備えて、自動車二種免許を取得し、臨時的に、平成五年五月二〇日からタクシー運転手として働いている。収入は、同年五月末五万六九六二円、六月末一八万四九〇八円(手取り一六万六〇〇一円)であり、生活費には、大分不足するうえ、職種柄収入不安定であり、就労を仮に認める仮処分決定がされれば、生活の不安定を防止できるので、保全の必要は存続している。仮処分申立て中に臨時就職すれば、保全の必要がなくなるとすれば不合理である。

四  (債務者の主張)

債権者を再雇用しなかったので、平成四年七月二六日をもって債権者との雇用契約は終了している。

債権者との雇用契約は、期間を定めた雇用契約であり、期間満了により終了するものである。

本件労働契約が仮に期間の定めだけでは終了しないとしても、有期社員の雇用関係は簡易な採用手続で締結された一年の有期契約を前提とするものであり、債権者主張のようにいわゆる終身雇用の期待の下に期間の定めのない契約を締結している正社員の場合とは違って、一定の場合、再雇用を拒否できる。

債権者は平成五年五月下旬ころから、親和タクシーに運転手として勤務しており、毎月二〇万円程度の収入を得ていると思われ、加えて、その妻も他に勤務しており、保全の必要はない。

第二主要な争点

本件雇用契約が当初から期間の定めのない雇用契約であったか、あるいは再契約以降は期間の定めのない契約に転化したと解するべきか、解雇制限法理が適用されて解雇無効か、本件雇用契約が期間の定めのある契約とされていることには全く合理性がなく債権者の労働契約の存続について保護されるべきか、再雇用拒否が正当か、保全の必要が消滅したといえるか、である。

第三争点に対する判断

一  債権者は本件雇用契約は当初から期間の定めのない雇用契約であった旨主張する。

債権者と債務者とが、労働契約を締結したことは当事者間に争いがなく、(証拠略)(陳述録取書)によると、債権者は、債務者による社員募集の新聞折り込み広告(〈証拠略〉)を見て、債務者の採用試験を受け、出社するように指示されて初出社し、採用通知書(〈証拠略〉)が送付されてきて、債務者の工場で稼働するようになったが、結局、債権者と債務者との間で雇用契約書が取り交わされることがなかったと認められるものの、前記の(証拠略)(社員募集の新聞折り込み広告)によると、社員募集の新聞折り込み広告には、正社員と臨時社員と区別されて募集する旨が記載され、臨時社員のところには「雇用期間 六か月(更新あり)」、年齢について、正社員は「二〇才以下」、臨時社員は「四〇~五〇才」と各記載されていることが認められ、(証拠略)(陳述録取書)によると、債権者自身も、当初採用の時の自己の年齢(四六才)を考えると、正社員になったとの意識はなかったことが認められ、(証拠略)(採用通知書)によると、同書面にも、労働条件として、「雇用期間」「1988年7月27日から1989年1月26日まで」と明記されていることが認められる。

(証拠略)には、「ソニー(債務者のこと)に電話をかけて、定年まで、ながく勤められるでしょうかと尋ねましたところ、会社がつぶれないかぎり切りかえとはなるが大丈夫ですよという答えでした。」という供述記載があるが、債務者会社の一体誰が電話口で債権者主張のとおりの発言をしたかも特定されておらず、債権者のみの供述記載であり、他にこれを裏付ける疎明資料はなく、仮に債権者の供述記載のとおりであったとしても、本件雇用契約が期間の定めのない契約であるとする趣旨のものとまでは言い難い。

以上を総合的に検討してみると、債権者の前記主張を認めるに足りる疎明はないと言わざるをえない。

二  債権者は再雇用契約以降は期間の定めのない契約に転化したと解すべきである旨主張する。

1  債権者が、前記の第一回目の雇用期間が平成元年一月二六日に終了して後、平成元年一月二七日から同年七月二六日(期間六か月)、平成元年七月二七日から翌平成二年七月二六日(期間一年)、平成二年七月二七日から翌平成三年七月二六日(期間一年)、平成三年七月二七日から翌平成四年七月二六日(期間一年)と継続的に再雇用されてきたことは当事者間に争いがなく、(証拠略)によると、債権者は子供を育てあげるため、定年まで働ける安定した職場を指向して、債務者会社の社員募集に応じたこと、第一回目の再雇用の時、別段退職の手続もなく、再雇用する旨の説明もなく、単に再雇用通知書が債権者の職場のロッカー内に入っていたこと、右再雇用通知書にも、前記の採用通知書と同じく、雇用期間六か月と記載されていたため、債権者は気になって、当時第一製造部課長をしていた菊谷某に対し、雇用期間が六か月区切りになっているが、定年まで雇用されるのかを確認すると、会社が倒産しない限り、切替え、切替えでいく旨を言われ、債権者は切替えは一年ごとにしてはと債務者に申し入れ、債務者もこれに応じて、前記のとおり平成元年七月二七日からの第二回目の再雇用の時から期間を一年とし、その後も同じように二回再雇用がされたことが認められ、右認定事実によると、債権者及び債務者側双方において雇用関係のある程度の継続が期待されていたものと認められる。

2  しかしながら、(証拠略)を総合すると、債務者会社の業種とするところの半導体産業では、一般にシリコン・サイクルと言われるように、好況・不況の波が激しく、人員調整のための有期社員制度を採るのが通例であり、債務者会社も会社創立以来、有期社員の制度を採り、社員の採用に当たって、正社員については、高卒以上の学歴を要求し、かなり高度な一般常識試験、職業適正検査、面接により採否を決定しているのに比較し、有期社員については、簡単な英語、作業標準書が読める程度の能力があれば良く、学歴は問われず、採用もごく簡単な筆記試験と面接により採否を決定していること、労働条件にしても、正社員が債務者会社の親会社ソニーの半導体の関連会社でほぼ統一されているのに対し、有期社員は地場水準を基本に各事業所ごとに決定され、正社員は日給月給制、有期社員は時間給制、正社員には昇給があるのに対し、その代わりに有期社員は更新回数にかかわらず一律同額の時間給の見直し改定がされ、正社員にはその業績、在籍率等に応じた賞与が支給されるのに対し、有期社員は毎年一二月、七月在職している者に更新回数、採用日如何を問わず一律同額を「寸志」として一二月、七月に支給しているなど両者は異なっていること、仕事の内容は、男子社員について見れば、製造系統の正社員はラインの管理監督、装置の維持管理のための保守・保全業務を担当しているのに対し、有期社員は主に夜間の装置のオペレーションを担当していること、雇用期間が終了する有期社員については、期間終了一か月半ほど前に、所属職場で過去一年間の業務処理能力等を検討して、職場として当該有期社員の再雇用を希望するか否かを申請させ、人事課で再雇用の適否を検討し、個別面接を実施し、再雇用予定者については社内決裁を経て、再雇用通知書を発送する方式をとっていることが認められ、(証拠略)(就業規則)、(証拠略)(〈証拠略〉、有期雇用者就業規則)を総合すると、債務者会社では、正社員と有期社員には別個の就業規則が適用され、有期社員の就業規則には、「有期社員」の定義として、六か月もしくは一年間の雇用契約を締結する者とし、同規則第二七条で、〈4〉事業の縮小または業務の都合によって剰員となったときに該当するときは、契約期間中といえども、雇用契約を解約すると規定され、有期社員についてはその期間終了の際、正社員の退職金に相当する契約満了慰労金が支給されることが有期雇用者給与規則で規定されていることについて疎明がある。

以上の疎明事実によると、債務者会社内では正社員と有期社員は明確に区別されて処遇されていることが認められる。

(証拠略)によると、債務者会社においては、昼間女子正社員に半導体生産を行わせ、夜間右女子正社員に代わるものとして、有期社員が半導体生産に従事していることが認められるが、以上の疎明を動かすには至らない。

また、債権者が債務者会社の社員募集に応じたときの新聞折り込み広告に「臨時社員男子 雇用期間六か月間(更新あり)」と記載されていたことは前記疎明のとおりであり、(証拠略)によると、債権者に債務者会社から送付された各再雇用通知書のいずれにも雇用期間が明示されていることの疎明があり、前記疎明のとおり期間終了ごとに契約満了慰労金が支払われていることから、債権者が雇用関係の継続を期待したとしても、それほど強固で確実なものであったとは認め難い。

3  以上の事実を総合的に検討してみると、本件雇用契約関係が、五回にわたり反復更新されたこと、有期社員について雇用関係のある程度の継続が期待されていたことが認められるのは前説示のとおりであるが、右2疎明のとおり、債務者会社内で正社員と有期社員について明確に区別がなされていることに照らすと、雇用関係継続の期待の下に期間の定めのある労働契約が反復更新されたとしても、当事者双方に期間の定めのない労働契約を締結する旨の明示または黙示の合意がない限り、期間の定めのない契約に転化するというものではない。本件においては右のとおりの明示または黙示の合意を認めるに足りる疎明はない。また期間の定めのない労働契約が存在する場合と実質的に異ならない関係が生じたものと認めるに足りる疎明もない。

4  (証拠略)によると、従前債務者の有期社員の再雇用の手続は、三〇分程度の面接であり、面接内容も、世間話程度で、有期社員間では「雑談」と称された簡単なものに過ぎず、有期社員のほうで希望すれば、「切替え、切替えで、長く働ける。」と思うのも当然の状況であり、事実上期間の定めのない契約と同様であり、このことは(証拠略)の有期社員就業規則第四八条四項に「残存年次有給休暇は、翌年に限り繰り越すことができる」とあり、給与規則第一四条(基本給)の項に「基本給は、勤務、年齢、経験、勤続年数、能力、学識、技能などを考慮して定める」とあり、基本給を決めるにあたって、勤続年数が考慮要素の一つとされているとの趣旨の記載について疎明がある。

しかし、右疎明事実から、なるほど債務者が好況時には、有期社員の雇用期間終了にあたっても、人手を確保するため、有期社員に再雇用に応じてもらうことを望み、再雇用を促すため、有期社員に雇用継続した場合の便益を与えようとしている態度が窺われるものの、一朝有事、不景気に突入した際の有期社員制度の景気調整弁の機能を放棄し、債権者ら有期社員との間で期間の定めのない労働契約を締結しようとする明示又は黙示の合意について疎明ありとすることは困難である。また前記給与規則第一四条についても、前記2の疎明事実によると、有期社員は時間給制をとり、正社員の昇給に代わるものとして時間給の見直し改定があるものの、更新回数にかかわらず一律同額であり、また正社員が各人の業績、在籍率等に応じた賞与が支給されるのに対し、有期社員は毎年一二月、七月の時点で在職していれば、更新回数、採用日の如何を問わず一律同額の「寸志」を支給されることの疎明があり、有期社員の基本給決定について、勤続年数が現実に考慮要素となっているかは疑問であり、前記の給与規則第一四条の文言だけから、債権者ら有期社員との間で期間の定めのない労働契約を締結しようとする明示又は黙示の合意の疎明ありとすることも難しい。

三  債権者は、本件雇用関係にも解雇制限の法理が適用されなければならないと主張する。

1  本件雇用契約関係が、五回にわたり反復更新されたこと、しかも、季節的労務や特定物の制作のような臨時的作業のために雇用されているのではなく、有期社員について雇用関係のある程度の継続が期待されていることは前説示とおりであるから、このような労働者を契約期間満了によって雇止めにするに当たっては、解雇に関する法理が類推され、解雇であれば解雇権の濫用、信義則違反又は不当労働行為などに該当して解雇無効とされるような事実関係の下に使用者が新契約を締結しなかったとするならば、期間満了における使用者と労働者の法律関係は従前の労働契約が更新されたのと同様の法律関係になるものと解せられるが、しかし、有期社員の雇用関係が比較的簡易な採用手続で締結された短期的有期契約を前提とするものである以上、雇止めの効力を判断すべき基準は、いわゆる終身雇用の期待の下に期間の定めのない労働契約を締結している、本件における正社員を解雇する場合とはおのずから合理的な差異があるべきである(最判昭和六一年一二月四日判例時報一二二一号一三四頁)。

2  (証拠略)を総合すると、債務者は、昭和六二年一二月、半導体製造をしていた日本フェアチャイルド株式会社長崎工場をソニー株式会社が買収して、これを基に社員二三〇名で設立された株式会社であること、そして昭和六三年一〇月メモリー、昭和六四年(平成元年)一月CCD各生産を開始し、平成元年六月三号棟建設着工、平成二年一月1メガSRAM生産を開始し、同年七月三号棟竣工、平成三年一〇月液晶生産を開始し、平成四年四月には従業員数は一六三四名に上ったこと、このように債務者会社は設立から液晶生産開始に至るまでの約四年間に一〇〇〇億円以上の莫大な投資を行い、短期間に急激な設備拡張をし、社員数も一六〇〇名を越えるまでに膨張したこと、この間の設備拡張に人の増加が追いつかず、慢性的な人手不足が続く中、有期社員についても現場管理職は退職を防ぐため、慰留などに努め、平成三年には新卒や中途の各採用に力を入れ、平成三年度入社の新卒は債務者会社創立以来最大の二三四名の大量採用に成功したこと、右の新規採用者の中には、先の平成元年に用地を確保し、平成六年の竣工予定の四号棟のための要員も含まれていたが、この新卒の内定を決めた平成三年の後半から景気動向が急激に怪しくなり、いわゆるバブルの崩壊と呼ばれる平成不況に突入したこと、世界同時不況、日本国内ではいわゆるAV不況、これに加えて円高等の影響を受け、平成三年度の債務者会社の親会社ソニー本体の単独決算で、会社始まって以来の営業赤字を計上したため、同社は極端な経費及び設備投資の削減策を打ち出したこと、ソニーグループ全体の大幅な投資抑制とAV不況は、債務者会社の主な生産品目であるコンピューター等に使用されるメモリー、八ミリビデオカメラの心臓部となるCCD、及び同じく八ミリビデオカメラのファインダーとして使用される液晶の生産に激甚な痛手を与え、ソニー本体の半導体事業部も、系列下の債務者会社に対し、不況に対応するための新しい方針を指示することとなったこと、すなわち、(1)第二用地に建設予定であった四号棟建設の延期、(2)液晶ディスプレイの生産終了後に予定されていたCCD専用ウェハーライン建設中止、(3)CCDウェハーの生産中止をいうが、(1)の右四号棟は、当初平成六年四月竣工、平成七年一月生産開始が予定され、四号棟プロジェクトが既に発足し、同棟立ち上がりのための要員の教育、習熟のための期間を考慮して既に前記の平成三年の大量採用で人員の手当てがされていたもので、四号棟建設延期により要員過剰となることが予想され、債務者会社創立以来の大量採用方針を大きく転換せざるを得なくなったこと、またAV不況でビデオカムコーダーの需要が激減して、これに使用される前記のCCDや液晶ディスプレイの需要も激減し、しかもソニー本体の設備投資抑制方針を受けて半導体事業本部も、平成五年六月以降、ソニー国分(株)に生産移転が予定されていた後の液晶生産ラインの後に新設が予定されていた(2)のCCD専用ウェハーラインの建設を中止する方針を決め、従前右液晶ラインに従事していた約二〇〇名が完全に余剰人員となることが平成四年七月には明確となったこと、前記のとおりのCCDの需要激減に対応して、半導体事業本部は(3)の債務者会社既存のCCDウェハー生産中止を決めたため、オペレーターだけでなく、CCDデバイスエンジニアも余剰となり、約七〇名の余剰人員が発生したこと、そこで債務者会社としては平成四年五、六月時点において、来る平成五年七月以降には約二五〇名の人員余剰が予測される事態となり、(1)正社員、有期社員の新規採用停止、(2)超過勤務の縮小、(3)外注委託・派遣社員の削減、(4)付加価値を生む新しい業務の拡大、(5)研修実施による余剰工数の吸収、(6)正社員の他社への出向の各方針をたて、(1)の採用活動停止は既に平成四年三月から実施し、その後退職など自然減を通じて、有期社員については最もその数が多かったときは一六〇名であったものが、平成五年には一四〇名にまで減少し、(2)、(3)、(4)の各対策については各職場で検討のうえ、再配置計画案を策定し、平成五年現在異動を実施中であり、出向についても平成四年六月には第一陣の出向が実施され、今後実施が予定されている分も含めると、一三二名の社員が他社に出向することになっていること、このような状況で、債務者会社としては従来人手不足があった時期に簡単な確認で再雇用させていた有期社員についても、従来以上の厳格な評価に基づいて再雇用の可否の判断をするように各職場に指示するに至っていることなどの各事実について疎明がある。

3  右疎明事実によると、債務者は会社創立以来、深刻な人手不足状態が続き、有期社員の再雇用については比較的緩やかな基準でその可否が決められていたが、現状では人員過剰から人員削減を必要と判断し、有期社員についても厳格な評価基準で再雇用の可否を判断する方針に転換せざるを得なくなった状況を認めることができ、このような債務者の判断も無理からぬところであり、合理性を欠くものとは認められない。

四  債権者は、「有期社員が従事する作業は債務者会社が操業する限り、延々と続く、生産上不可欠な作業であり、昼間、同一作業を原則として男女正社員が担当し、夜間、男子正社員と男子有期社員が協同して生産に従事し、その中で有期社員の労働密度が高くなるような作業割当がされており、債務者会社における有期社員の位置付けは、夜間において、昼間の女子正社員の役割を担わせ、夜間、男子正社員の負担を軽減し、過酷な、精神及び神経をすりへらす、夜間の長時間労働によって疲弊した労働者の使い捨て交換を容易にし、人件費のコストダウンをはかることにあり、その外には債務者会社において、有期社員と正社員を区別する合理性は全くなく、債権者は、労働契約の存続を保護されるべきである」旨主張する。

1  (証拠略)によると、IC製造には、装置を操作するオペレーターの直接部門とコンピューターの維持・管理をする間接部門の有機的連係が必要であること、有期社員の人数は夜間作業に必要不可欠な最小限の人員しか配置されておらず、したがって夜間正社員には有期社員と変わりのない仕事をしている者も多いこと、昼間は女子正社員が夜間の有期社員と同じ仕事・役割を受け持っており、債務者会社は夜間の男子正社員の雇用を減らすために有期社員を導入していること、同じ装置に昼間の正社員は複数の要員で操作しているのに対し、夜間の有期社員は一人で何台も受け持つなど、有期社員は正社員に比して作業量や操作分担が過重で、使い捨てしやすいように有期社員制度を利用していること、不況といいながら有期社員に五月の連休や、盆休みに休日出勤を求めていること、などの各記載がある。

2  しかし、(証拠略)によると、なるほど昼間女子正社員が担当する装置のオペレーションを夜間有期社員が担当していることは認められるものの、男子正社員は若年層が多く、有期社員とは異なるラインの管理監督と装置を維持管理するための保守・保全業務を担当していること、その男子正社員も半導体製造の管理監督、保守・保全にはかなりの経験と高度な技術を要するため、研修の一貫として入社後数年間は装置のオペレーションも担当すること、正社員については会社の将来の一人ひとりのキャリア・プランに基づく個別研修計画が作成され、これに沿って研修が実施されている(CDP制度)こと、これに対し、有期社員には、このような研修制度(CDP制度)は採られておらず、採用条件においても、学歴も問われず、簡単な英語と作業標準書が読める程度の能力が要求されているに過ぎないことなどが認められ、男子に限ってみれば、長期的な研修による人材養成が必要なため、若年者が採用され、有期社員については高齢者が雇用されるというのは企業の年齢構成からすれば合理的な制度であり、雇用機会に必ずしもめぐまれない高齢者にも就職の途が開かれ、また有期社員が一人でする仕事を正社員がする場合複数の要員でするというのも、それが入社間もない正社員の研修の一貫としてされているという現実からすれば何ら不思議はないというべきであり、ことさら有期社員に過重な労働をさせるという意味があるとは断定できず、債権者の本件雇用契約の存続があらゆる点からいって保護されるべきであるとする特別の根拠はない。

よって債権者の前記主張は採用することができない。

五  債権者は、債務者の本件雇止めの理由は二転三転し、当初は、同僚が告げ口したことを、次いで債権者の所属労働組合が交渉に入るや、勤務成績や勤務態度を、最後には、不況を原因とする整理解雇を理由としているとし、結局は、本件雇止めをもって事実無根のいいがかりを理由とする無効な解雇である旨主張する。

1  (証拠略)によると、前記三2疎明のとおり、債務者会社に余剰人員が発生することが予測される状況の下で、債務者会社としては厳格な能力評価に基づく適正な再雇用可否の判断を必要と考え、平成四年五月、各有期社員の雇用期限ごとに行う「有期社員再雇用申請書」の評価とは別に、各職場に全有期社員を対象に一斉に能力評価を実施させたが、債権者が所属する製造一課では、A~Dの四段階評価をし、人事課に提出された債権者の評価は最低のDランクであったこと、そして人事課から「有期社員再雇用申請書」の能力評価と再雇用可否の判断を遠慮なく適正なものとするように指示したところ、債権者ともう一人の有期社員が再雇用不可として「有期社員再雇用申請書」が提出されたこと、債務者会社では、債権者の再雇用不可の判断を受けた根拠を確認するため、債権者の所属する製造一課の債権者の上司や同僚有期社員に聞き取り調査を行い、その結果、(1)仕事の処理能力が著しく低く、非常に簡単な作業を担当しているにもかかわらず、大変ミスが多く、将来大きな損害を発生させる可能性が非常に大きい、(2)決められた作業手順によらず、リーダーの指示に従わず、ケアレスミスが多く、職場離脱も多く、仕事に対する真摯な態度が見られない、(3)新しく入った同僚有期社員など職場の士気を低下させるような言動がある、などと判断し、債務者会社総務部人事課長から、平成四年六月二四日、債権者に対し、再雇用しない旨を直接債権者本人に通告し、もう一人の再雇用不可とされた有期社員に対しても再雇用拒否を通告したこと、その後、同年七月一七日債権者から債務者会社に対し、会社が債権者を再雇用しないのは契約満了ではなく解雇であり、この解雇は無効である旨の内容証明郵便が発送され、同月二一日、全国一般労働組合長崎地方本部諌早地区合同支部(以下、「組合」という。)から債務者会社臼井総務部長宛に会談申入れがあり、同年八月一八日、九月一日の両日(〈証拠略〉)、野田啓一総務部人事課長と内田採用企画課長らが会い、その席で債権者が組合に加入したので債務者会社に組合が結成されたことと不当解雇を撤回せよとの要求の話が出たことの各事実について疎明がある。

2  また、(証拠略)を総合すると債務者会社の債権者が所属する職場上司らが債権者の作業ミスや、決められた作業手順の不遵守、職場離脱などについて、具体的事実や会社における作業に関する文書などを根拠にして説明していることについて疎明がある。

これらに対し、(証拠略)を総合すると、債権者本人が債務者会社の債権者が所属する職場上司らの陳述書に対して、損害が現実に発生するはずなのに発生しておらず、作業ミスは会社側の捏造であるとか、作業手順の不遵守として指摘された事実は根拠がないとか、債務者が債権者の職場離脱の根拠とする着工シートの解析に逐一反論を加えていることなどについて疎明がある。

3  以上を総合して検討してみると、債務者の提出した資料によると、たとえば(証拠略)によると、債務者が債権者の作業手順の不遵守の例として挙げる債権者がスキップキーを使用したことで、職場上司の注意を受けた事実については右事実が債権者が故意に正しい作業手順を守らないようにしたといえるかは確定できないものの右事実があったことは動かしがたいし、債権者は、その職場上司による「エラーが二回発生したにもかかわらず、工程リーダーへ連絡せず、リセットボタンを押し着工を継続し」との指摘(〈証拠略〉)に対し、当該上司は2G異常発生報告書と波形異常のグラフだけを見て債権者のミスを創作した旨反論するが、上司の判断も何らの資料も根拠もなしに債権者の作業ミスについて判断しているわけではないと認められ、また債務者会社の上司が、債権者は手順のやさしい「M206」の操作中、製品を装置にセットして製品用プログラムナンバーを装置に入力させなくてはならないところを、クリーニングナンバーを入力し、スタートをかけ、処理してしまうミスをしたと指摘する(〈証拠略〉)のに対し、債権者は当該上司は装置の機能や作業の手続及び実態を知らず、債権者のミスを捏造したと反論するが、(証拠略)によると、「最初の1Sの表面が白っぽくなっているのを発見した。クリーニングのレシピで着工したと考えられる。」との記載があることが認められ、債務者会社上司の推測を裏付ける事実があったことは間違いないところであり、(証拠略)によると、引継ぎノートの記載を見落とした点は債権者自身肯定していることが認められ、債務者としては債権者の所属する職場上司の一応の根拠に基づく判断を基礎にして、債権者の再雇用の可否を判断していることについて疎明がある。

よって、債権者の本件雇止めは事実無根のいいがかりを理由とする無効な解雇である旨の主張は採用できない。

六  債権者は、債務者による債権者の勤務成績・勤務態度は不良との主張は全く事実に反し、本件雇止めの真の動機・理由は、債権者が眼精疲労にかかり、労働力として疲弊したこと、会社方針に盲従せず、意見を言うべきことは言う、会社にとって扱いにくい人物だからである旨主張する。

なるほど(証拠略)によると、債権者が作業が原因して眼精疲労にかかったことを債務者が嫌い、口実を構えて、債権者をやめさせたと推測するが、本件記録を検討するも、これを裏付ける疎明はなく、むしろ(証拠略)によると、債権者が眼科医による眼精疲労との診断書をもって配置換えを希望したのに対し、債務者会社の上司は膜厚検査、線幅測定などの顕微鏡目視検査作業を禁止するという条件で債権者をRIE工程に配置換えをし、職場リーダーも債権者に対し、「顕微鏡作業は禁じられているのでしなくてもよい。自分が責任を持つ。」と言ってくれており、もっとも債権者はあくまでもRIE工程でなく、洗浄工程への配置換えを希望している点は何故RIE工程では駄目なのか必ずしも納得できる理由はなく(職場上司は債権者は目の問題にかこつけて楽な仕事に見える洗浄工程へ異動させてくれと言っている旨述べているが、このように確定できる資料もない。)、一応債務者は債権者の眼精疲労を理由とする配置換えの希望に対応していると認められ、債務者が債権者の眼精疲労を嫌って、口実を構えて、やめさせたとの右の推測は根拠が薄弱である。

七  債権者は、債務者会社は有期社員をもともと必要最小限に絞りこんでおり、不況を原因に有期社員を削減するような余剰人員を抱え込んでいる訳ではなく、正社員、特に間接部門に余剰人員を抱え込んでいるために、その出向等の対応をせざるに過ぎず、有期社員の人員削減は、維持しなければならない生産水準に支障を及ぼすため、実行不可能なことであり、休日出勤の強制が示すように、むしろ有期社員は不足している旨主張する。

1  前記五1疎明の債務者と組合の話し合いの席上、本件の雇止めの理由として、単に就業規則二七条三項に該当すると言っただけで、「不況の影響がある」とは、全く言っておらず、不況で人員合理化の必要性が生じた時期は、本件雇止めよりも後であり、不況と本件雇止めは関係がない旨主張するが、会社の業績が悪いことを会社外の人間との話し合いの席で債務者の関係者が触れたがらなかったからといって、不況の影響なしと断定できず、前記三2疎明のとおり、不況色を強めていったのは、平成三年の後半であることは明らかであるから、右主張は採用することができない。

2  (証拠略)によると、有期社員を雇用調整弁と位置づけているというのは、本件紛争の中で唐突に持ち出された弁解であるとか、従前有期社員に自己都合退職はあっても、雇止めされた事例がないとか、いうが、前記三2、3認定のとおり、債務者は会社創立以来、深刻な人手不足状態が続き、有期社員を雇用の調整弁として考慮する必要性がたまたまなかっただけであり、右記載は採用することができない。

3  また、(証拠略)によると、債務者では、半導体不況が激しくなった、平成三年後半でも有期社員を同年八月一六名、九月一四名、一〇月九名と最繁忙時と同様、多数採用し、平成四年六月から、不況対策として、一五一名もの社員の出向を余儀無くされたとしながら、有期社員の解雇は同年七月に二名のみ、同年八月以降、有期社員二〇名の減少は自然減に過ぎないことから、有期社員は景気の調整弁的存在ではない旨の記載がある。

しかし、債務者が平成三年後半において、なお有期社員を採用した事情は詳らかではないが、景気が下降し初めても、なお漫然と、あるいは平成の好景気中の極端な人手不足に悩まされた経験から、なかなか従来の採用計画を変更しないままに採用し、結果として過剰人員をかかえてしまった企業の例は枚挙のいとまなく、また企業に対し、社会的に雇用維持の期待が大きいところ、雇用調整の方法として、解雇を選択せず、出向、自己都合退職あるいは定年退職などの自然減によってはかろうとするのは多くの企業において見られる現象であり、有期社員の雇止めが債権者を含めた二名に止まっていることをもって、本件雇止めが不況と無関係と断定することはできず、むしろ平成四年八月以降の有期社員の自然減に対し、補充の採用がされたとの事実については疎明がないことから、このような二〇名もの有期社員の自然減について補充がされないままであることこそ、今回の不況によって債務者が雇用調整を余儀無くされている事情を物語るものであろう。

また(証拠略)によると、会社の不況対策のため、一五一名の社員の出向に対応して、有期社員の能力評価を厳格に行ったと債務者はいうが、一六〇名も有期社員がいて、再雇用不可のDランクはわずか二名、評価の根拠も示されず、不当解雇あるいは整理解雇である旨の記載がある。

しかし、前説示のとおり、債務者が雇用調整にあたって、有期社員について、出来る限り、自然減にまかせ、雇止めを二名に止めている状況については、有期社員の期間満了にあたって、何名の、あるいはどの社員を雇止めにするかは、企業の経営判断に基づく裁量的判断であることから、その裁量の限界を逸脱する、あるいは裁量を濫用するといった事情について疎明がない以上、右の状況をもって不当というのは当たらず、本件雇止めをもって、整理解雇であると認めるに足りる疎明もない。

八  以上検討してきたところによると、債務者が債権者について再雇用を不可と判断するに至った過程に、解雇権の濫用、信義則違反又は不当労働行為に該当する事実は認められず、債務者会社がその有期雇用者就業規則第二七条〈4〉にいう「事業の縮小または業務の都合によって剰員となったとき。」に該当すると判断し、債権者上司の一応の資料に基づく判断に加え、債権者上司や同僚社員からの聞き取り調査に基づいて、再雇用を不可とした判断に、その裁量の限界を逸脱、あるいは裁量を濫用したとの事情はなく、再雇用拒否は正当である。

よって、債権者が、本件雇止めは無効であるとする主張は理由がないから、債権者と債務者との間の本件雇用契約は、平成四年七月二六日をもって期間の満了により終了したというべきである。

九  (結論)

以上のとおりであるから、被保全権利について疎明がないというべきであり、その余の点について判断するまでもなく、本件仮処分命令の申立ては理由がないので、これを却下することとし、民事保全法七条、民訴法八九条に則り、主文のとおり決定する。

(裁判官 永留克記)

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